やがて君になるの細部には神が宿っている

この前、やがて君になるの半額セールをやっていたので、既刊の全巻大人買いをいたしました。それが予想以上に素晴らしかった。もうこの熱いその気持ちを、なんとかして発散させないと私が破裂してしまいそうなので、今まさにキーボードをぶっ叩いております。


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『やがて君になる』特設サイトより)

人に恋する気持ちがわからず悩みを抱える新入生・小糸侑は、生徒会の先輩・七海燈子が告白を受ける場面に遭遇する。誰からの告白にも心を動かされたことがないという燈子に共感を覚える侑だったが、やがて燈子から思わぬ言葉を告げられる。「私、君のこと好きになりそう」 Amazon紹介文より


「やがて君になる」は百合物です! 女の子と女の子がアレでコレするあの百合です! アニメ化もされているマンガ。「百合とかBLとかの同性愛系のはちょっと……」という思想をお持ちの方も、どうか自身の考えを曲げて読んで欲しい。そんなどうでもいいこだわりで読まないのは完全に機会損失です。大丈夫、だいじょーぶ、どうか安心して。「やがて君になる」は、いい百合なんで、いけますって。きっとなんとかなるって。


マンガの面白さを支える構成要素

さて、「やがて君になる」は面白いマンガなのですが、面白いマンガとはどういった物なのかをちょっと考えてみたい。私は、マンガの面白さとは3つに分解できると考えています。


ストーリー」「キャラクター」「表現技術

この3つすべてが優れているマンガこそ、最高に面白いマンガなのです。ただ、それは理想論であって、それぞれのマンガでどの要素が特に良いといった特色は当然出てきます。例えば、キングダムの王騎など一度見たら忘れられない「キャラクター」の登場する作品、彼方のアストラのように、張り巡らせた伏線をズバババと鮮やかに回収してみせる「ストーリー」に強みを持っている作品などです。その点で「やがて君になる」は、特に「表現技術」に秀でている作品です。ここで言う「表現技術」には、単純な絵の上手さも含まれますが、それはむしろ脇役で実はそれほど重要ではない。むしろマンガ独特の表現技術の方が重要になってきます。例えば、どのようにコマを割るか、コマの中にどのようにキャラクターを配置するか、吹き出しはどこに置くべきか、などなど。


この辺って本当にマンガ独特の特殊技能だと思うんですよね。実際、私の好きなイラストレーターの方がマンガを出すというので、マジかと思って読んでみたら「うーん」って感じだった事があります。一枚絵を描かせたら超絶印象的で素晴らしい絵を描かれる方なんです! でもマンガの方は、確かに絵は上手なんですが、全体的にのぺーっとした感じで、どのシーンも盛り上がらないし、終始退屈な作品だった。絵が上手くてもマンガが上手いとは限らない。その点「やがて君になる」の著者の仲谷鳰さんは、超絶マンガが上手いし、マンガへの理解度が高い。細かい部分でもマンガ独特の「表現技術」が行き届いている。だから、やがて君になるの細部には神が宿っていると思うのです。


一つ一つ確認していくよ

これより、どの辺が上手いと感じたのかを実際の「やがて君になる」のページ、コマを例示して列挙していきます。物語の核心にふれるようなネタバレはしないように気をつけますが、気にされる方は見ないようにしてください。


余白

まず余白の使い方について。ここて言う余白とは、枠線の外の余白ではなく、コマの中に取る余白の事です。余白ってかなりセンスが要求される部分なので、それが上手だと無条件にその作家さんを好きになってしまう。もちろん、キャラクターだけ書いてあって、背景がほぼ常に真っ白みたいなマンガを時々見かけますが、それは駄目ですよ。それは余白の使い方が上手なんじゃなくて背景を描くのが面倒なだけだ。そうじゃなくて、要所で背景を描かずキャラクターに注意を集めたり、余白を取ることで様々な効果を狙うとかそんなん。


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(著:仲谷 鳰、やがて君になる5巻 P34、P35より)

この左端のコマです。このシーンの七海先輩は、今後どうしたらいいかについて悩んでいるのですが、その悩みを頭上に設けた大きな余白で表現しています。まだ真っ白で何も決められない的な、もーどうしたらいいのか……的な。そのせいで驚きの長さのコマになっています。彼女の悩みは海よりも深い。


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(著:仲谷 鳰、やがて君になる7巻 P60より)

これも上手いと思うんです。このシーンの理子ちゃん先生は、若干怒りつつ、早足で歩いています。その進行方向とは逆側の背後に大きな余白を設ける事で、すごい早歩き感が出てる。これがコマの真ん中や右に書かれていたら、早歩き感は出ないのです。


燃え尽きた……

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(著:仲谷 鳰、やがて君になる1巻 P90より)

これは、主人公の小糸 侑なんですが「なんか白っぽいな」とか思いませんか? そうなんです、そうなんですよ、実際このコマの小糸 侑はやたら白い。本当は髪の毛と、制服の部分にトーンが貼ってあるはずなんです。もっとカラフル。比較用に普段の画像を用意しました ↓


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(著:仲谷 鳰、やがて君になる1巻 P71より)

断言して良いのは、このコマが決してトーンの貼り忘れでは無いということ。確実に意図してトーンを貼っていません。これ私あれだと思うんですよね「矢吹ジョーメソッド」だと。「あしたのジョー」の矢吹ジョーが、ホセ・メンドーサとの死闘の後に「燃え尽きたぜ…真っ白にな…」となってしまうあの「矢吹ジョーメソッド」に違いありません。このシーンの小糸さんは自分の中に熱いパッションが無くからっぽであることに絶望しているのですが、それを真っ白になることで表現した。それにしても、マンガの古典とも言える「あしたのジョー」が現代の作品の中にも生きているのを見るとなんか嬉しいですね。私とかこのシーン「ジョー、立つんだジョー!」と叫びながら読んでましたもん。


さて、こんな事を書いていて大変恐縮なのですが、私は「あしたのジョー」は未読でございます。何となく断片的に知っているだけ。「やがて君になる」を読んで、「流石にあしたのジョー読んどいた方がいいな」って気分になった。


時間の巻き戻し

基本的にマンガの時間は、ページを繰るごとに進みます。1ページ毎の時間の進み方に差はあれど、「次のページ=ちょっと未来」が基本。だから例外的に時間を巻き戻すような場合は、読者に「これ昔の話ですよ」って分かってもらうための工夫が必要になります。例えば、回想シーンとかコマの外の部分を黒く塗りつぶしたりするじゃないですか。あれは、コマの外が黒い場合は過去の話ですよって作者からの合図なのです。


回想シーン以外でも時間を巻き戻すような事もあるっちゃあります。「やがて君になる」でもそれをやってて、喫茶店でシーンを店長視点で描写 → 時間巻き戻し → さっきのシーンを小糸さん視点で描写という事をやっている。つまり同じシーンを別々のキャラクターからの視点で描いたというわけです。私正直言って、こういった時間の巻き戻しはやらない方がいいと思っている。やっぱり時間が戻ると、読んでいて混乱するのです。「あれ? もしかして時間戻った?」と後から気づいて、ちょっと戻って確認したりすると読書のテンポが乱れて最悪。それを回避するために「時間戻りましたー!」ってのを読者にちゃんと伝えないといけないのですが「やがて君になる」では、その処理がとても鮮やかだった。


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(著:仲谷 鳰、やがて君になる5巻 P5より)

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(著:仲谷 鳰、やがて君になる5巻 P27より)

上記の2コマですが、一見して同じシーンじゃないですか。実際同じ時間の同じ場面なのですが、この2コマの間は22ページ離れています。これがまさに先程の時間を巻き戻したシーンの、それぞれの冒頭に配置されているのです。このコマのおかげで「このコマさっきも見たわ。時間が戻ったのか」といった風に自然に理解できるのです。こういった細かな気配りが嬉しい。


使えるものは、なんでも使う

主人公の心の状態を、外部の環境と連動させて、より豊かに描写するというテクニックがあります。よく見かけるのが雨を使う奴。例えば親友と喧嘩してしまうと、雨が降ってくる。その後、仲直りすると雨がからっと上がるといったような。上手なマンガ家さんは、周りの環境も上手に使う。「やがて君になる」でもこのテクニックを適応しているシーンを見つけました。


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(著:仲谷 鳰、やがて君になる7巻 P152より)

左にいる槙くんがちょっと変わった奴なんですが、その槙くんが「小糸さんは僕とは違う、だから前へ進めるよ」といった趣旨のセリフで背中を押したシーンです。実際お互いの心には超えがたい断絶があります。その断絶を、バッティングセンターのネットで表現しています! はー、うま。しかもこのネット越しに移動するまでが、とても自然でした。たまたまこのセリフを言ったシーンで、たまたまお互いの間にネットがあったように描かれていた。


今更なんですが

この記事を書くために、目を皿のようにして「やがて君になる」を読んでいたのですが、色々と前提をぶっ飛ばす事実に気づいてしまいました。


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(著:仲谷 鳰、やがて君になる1巻 P100より)

この人、絵ゲロ上手くないです? いやいやいや、これゲロうまでしょ。どうみてもゲロだわ。なにこれ、やばい。「絵の上手さは実はそれほど重要ではない」とか、冒頭でドヤ顔で宣言しておいて大変恐縮なのですが、そんなの全部ぶっ飛ばすほどにうまい。ここまで細かい技術の話をしてきたのですが、もうどうでも良くなって来た。


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(著:仲谷 鳰、やがて君になる6巻 扉絵より)

これは、6巻の扉絵なんですが、ほらほら、これもやばい感じにやばいじゃない。さっきから、胸がキュンキュンしています。なんだろうこの気持、もしかしたら恋かもしれない。はぁーーーーーー、で、何の話でしたっけ? あ、そうそう、「やがて君になる」の作者の仲谷鳰さんは絵がゲロうまだと思いました。